2019-10-02

カウンセラーと話をしてきた。問題はまだ何も解決していないけれど、話すだけでこんなに気が楽になるんだなと驚いている。

文字通り、胸が軽くなった。辛い、嫌だ、腹が立つ、ムカムカする、誰にも言ったことなかったけど、これが本当の私の気持ち。

話しながら、助けてほしい、根本原因にリーチしてほしい、って思ってた。ここに原因があるのはわかってる。でも、自分じゃ辿り着けないし、自分じゃ対処できない。だから助けてほしい。

これから何回かセッションがあるけれど、辿りつきたいところまで行けるよう、頑張るつもり。

 

Inside Out

冒頭、ヨロコビ(Joy)とカナシミ(Sadness)が行方不明になるところでもう泣いた。なぜなら、私自身の喜びや悲しみという感情も、しょっちゅう行方不明になるからだ。

決して、感情が無いわけじゃない。でも、悲しいとか辛いという感情を、心で理解することができない。体調不良という目に見える形にならないと、私は気付く事ができない。

いつも我慢を強いられていると思っている。どうして自分を苦しめる人に配慮しないといけないのか。どうして自分の可能性を狭める人に配慮しないといけないのか。最近はこういったイライラと闘っている。いつ如何なる時も、「職場の人間関係」が退職理由の上位に来るのも納得である。

インサイド・アウトというタイトルのとおり、ヨロコビとカナシミは表裏一体で、最終的には、周りのお荷物で何の価値もないと思われていたカナシミにも重要な役割があることが分った。ハッピーエンド。

 

靴下

古い靴下を捨てて、新しいものを買った。3足990円の黒のくるぶし丈の靴下。

これなら、靴下が互い違いになることを気にしなくていい。色の落ちた黒と紺の靴下を並べて、見比べることもしなくていい。

平日はストッキングかタイツで、靴下を履くのは週末くらい。色のこだわりも特にないので、いちばん無難なものを選んだ。もし、黒の代わりに紺の靴下が3足990円で売っていたら、それを手に取っていたと思う。

靴下に限らず、こだわりの数は年々少なくなってる。社会人になりたての頃は、何も考えずに高い靴、高いワンピース、高いアクセサリーに手を伸ばしていたけれど、最近は、気に入って長く使えるかどうかが物を買う基準になっている。

とはいえ、新しいものを取り入れたり、過去にこだわっていたものを再度手に取る余地は常に残しておきたい。今回のことだって、二度と派手な面白靴下を買わないことの意思表示ではないのだから。

無いもの

自分の名前の漢字の書き順をずっと間違えていたことに気付いた。

明日から正しい書き順で書くけれど、こういうのは気付かないだけで、まだまだあるんだろうな。

鉛筆の持ち方は、小6の時に先生に直された。
箸の持ち方は、高1の時に自発的に直した。
歯並びは、ずっと変だったのを大人になってから自発的に(歯医者に通って)治した。
書き順は、本日気付いて直した。

気付いてよかったという気持ちと、親の仕事〰〰〰っていう気持ちと、いつまで親のせいにするのかという気持ちと、羞恥心と一抹の虚しさと。

2019-01-10

今日は何故か孤独が堪えます。理由はわかりません。寒いからでしょうか。

こういう気分の時は、アドレス帳の連絡先を一つ一つ消していったりしていたのだけれど、もはや最低限まで減ったので、もう消せない。SNSの投稿も消すし、何ならアカウントごと消したりする。

孤独が嫌なのに、孤独になる方向に突き進むのが私。意味わからないね。

1月、仕事以外で他人とコミュニケーションしてないことに気が付く。会社以外のコミュニティに入っていない。そして会社というコミュニティからも距離を置いている。ああ、孤独。

友達もいないし、いや、過去の積み重ねの当然の帰結たと思うのだけれど、これってどうなの。

こういうときに、人に連絡しようとはならなくて、自己啓発本とか仏教の本読み始めるからね。どんどん内に籠もっちゃう。悟り拓くのか?

つまんないの。

2019-01-01

明けましておめでとうございます。今年もどうぞ宜しくお願いいたします。

今年のテーマ:professionally and personaly huge for my developmentな年にする。

去年は自分の納得感を大事にするみたいなことを言っていたかと。納得感を追求した結果が転職だったり。

2019年は2020年に向けた色々の仕込みの年。キャリア、プライベートの両方で、自分を一段上に高めるために、歯を食いしばって走り抜きたい。

あとは、何より健康。2018年は健康を損なうことが多かった。失って初めてわかるって、こういうことなんだなと痛感した。

一旦ここまで。